大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)3867号 判決 1983年8月16日
原告
行司喜造
ほか二名
被告
中元利彦
主文
被告は、原告行司喜造に対し、金四九万五、四七六円およびこれに対する昭和五五年一二月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告宮下嘉暢、同行司哲明に対し、それぞれ金二四万七、七三八円およびこれらに対する前同日から支払済まで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、原告行司喜造に対し、金五〇〇万円、原告宮下嘉暢、同行司哲明に対し、各金二五〇万円およびこれらに対する昭和五五年一二月二一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和五五年一二月二一日午後六時五五分頃
2 場所 茨木市総持寺台一番二六号T型交差点付近路上
3 加害車 普通乗用自動車(大阪五八す五六四四)
右運転者 被告
4 被害者 訴外亡行司悦子(以下被害者という)
5 態様 東西道路を北から南へ横断中の被害者にT型交差点を右折してきた加害車が衝突。
二 責任原因
1 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。
2 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告は、加害車を運転してT字型交差点を右折するに際しては、進入路の前方左右を注視し、安全に進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然と進行した過失により、折からスーパーマーケツト前道路を横断中の被害者に気づかず、衝突した。
三 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷
頭部外傷、両膝外傷性関節血腫、右脛骨々折等
(二) 治療経過
入院 中村整形外科
昭和五五年一二月二一日から昭和五六年七月二日まで(一九四日)
(三) 訴外行司悦子の死亡
被害者は、昭和五六年七月二日病状が悪化し、みどりケ丘病院へ転医されたが、同日死亡した。
2 被害者の治療関係費
(一) 治療費 一四二万一、九八四円
中村整形外科病院 一三九万六、九八四円
みどりケ丘病院 二万五、〇〇〇円
(二) 入院雑費 一五万五、二〇〇円
入院中一日八〇〇円の割合による一九四日分
(三) 入院付添費 五四万三、二〇〇円
入院中家族が付添い、一日二、八〇〇円の割合による一九四日分
3 被害者の逸失利益
(一) 死亡に至るまでの分 九四万二五三円
被害者は、一家の主婦として稼働し、少なくとも当時の同年代女子労働者の平均賃金以上の労働に従事していたものであるところ、その一日の平均賃金に入院期間を乗じて計算すれば、九四万二五三円となる。
(二) 死亡による逸失利益
被害者は事故当時六三歳であつたところ、事故がなければ平均余命年数の二分の一は就労が可能であり、その間少くとも一か月一四万五、四〇〇円の女子平均賃金相当額の収入を得ることができ、同人の生活費は収入の四〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、六一四万九、三七三円となる。
4 慰藉料 一、三九〇万円
(一) 被害者につき
(イ) 入院慰藉料 九〇万円
(ロ) 死亡慰藉料 五〇〇万円
(二) 原告行司喜造につき 三〇〇万円
(三) 原告宮下嘉暢、同行司哲明につき 各二〇〇万円
5 葬儀費用 一〇〇万円(原告行司喜造負担)
6 弁護士費用
原告らはそれぞれ五〇万円宛弁護士費用を請求する。
四 損害の填補
原告らは一八〇万円の支払を受けた。
五 権利の承継
原告行司喜造は被害者の夫、原告宮下嘉暢、同行司哲明は被害者の実子であつたもので、行司悦子死亡により原告らは、その相続分に応じて被害者の損害賠償請求権を相続した。
六 本訴請求
よつて、原告行司喜造について一、一一五万五、〇〇〇円、同宮下嘉暢、同行司哲明について各五八二万七、五〇〇円のそれぞれ内金として、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一及び二の事実は認める。
三の事実中、1の事実は認める。但し、本件受傷と被害者の死亡との間には因果関係がない。2ないし6の事実は否認する。
四は認める。
五は不知。
第四被告の主張
一 過失相殺
本件事故は被害者の過失によつて発生したものであり、過失相殺がなされるべきである。
すなわち、本件事故現場は、三差路交差点の近くであるのに、横断歩道のないところであり、また、歩道には植樹がなされていて夜間は特に見通しの悪いところであるから、道路を横断する歩行者も、自動車の運行には充分注意して車道上へ出るべきであるのに、被害者は植樹の蔭から加害車の直前に飛び出すように車道上へ出てきた。
二 損害の填補
本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。
1 治療費 自賠責保険により支払われた分を除き七〇万円
2 付添看護費 職業家政婦へ四九万二、〇三〇円
3 入院雑費 一〇万円
第五被告の主張に対する原告らの答弁
被告の主張事実はいずれも否認する。
第六証拠〔略〕
理由
第一事故の発生及び責任原因
請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。
第二事故と被害者死亡との因果関係
一 被害者は、本件事故により頭部外傷、両膝外傷性関節血腫、右脛骨々折などの傷害を受け、昭和五五年一二月二一日から昭和五六年七月二日まで中村整形外科病院において入院治療がなされていたこと、しかしながら、昭和五六年七月二日病状が悪化し、みどりケ丘病院に転医されたものの、同日死亡したことは、当事者間に争いがない。
二 原本の存在及び成立につき争いのない甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証の一ないし二八、甲第七号証の一ないし四、証人松本隆男、同八谷孝の各証言を総合すれば、被害者は、昭和五六年七月二日、みどりケ丘病院において、重症糖尿病が遠因で不整脈に陥いり、急性心不全により死亡したこと、本件交通事故による受傷と被害者の死亡との間には、医学上、因果関係がないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 そうすると、本件交通事故による受傷と被害者の死亡との間には、相当因果関係がない。
第三損害
前記認定の被害者の受傷、治療経過、死亡の事実をもとに、被害者の損害額を算定すれば、次のとおりとなる。
一 治療関係費
(一) 治療費
成立に争いのない甲第一号証の一ないし四〇、第八号証の一ないし三、証人中村平の証言によれば、治療費及び文書料として、昭和五五年一二月二一日より同五六年一月一七日までの間に八一万五、五〇〇円、同月一八日より同年二月二八日までの間に社会保険自己負担分一四万三、六四三円、同年三月一日より同年七月二日までの間に同じく自己負担分として一七万六、二五六円をそれぞれ要したこと、しかしながら、被害者には高血圧、糖尿病の既往症があつたことから、中村整形外科病院においても高血圧の治療のためレシナミン・カルトマが投薬され、かつ、アポブロンが注射されており、糖尿病の治療のため経口薬のジメリンが投薬されていたこと、これらの投薬料・注射料のため少くとも二万三、二六〇円(但し、ダイクロトライドについては一三回にわたり投薬されているが、薬価基準が低いため診療報酬明細書中の診療内容内訳に記載がなく、また、離尿剤でもあるため、これを算出しなかつた。)を要したこと、ところで、右二万三、二六〇円のうち、一万二、一五八円が患者の自己負担となつていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、中村整形外科における本件事故と相当因果関係にある治療費及び文書料は、一一二万三、二四一円となる。
なお、みどりケ丘病院における治療費は、その原因が被害者の既往病である糖尿病の悪化による治療にあるのであるから、本件事故との間に相当因果関係がない。
(二) 入院雑費
被害者は、本件事故による受傷のため、中村整形外科病院において一九四日間入院したことは当事者間に争いがなく、また、経験則によれば、入院中一日につき八〇〇円の雑費を要することが認められる。
従つて、入院雑費として一五万五、二〇〇円を要したものと認める。
(三) 入院付添費
成立に争いのない乙六号証の一ないし九、証人中村平の証言、原告行司喜造本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、被害者の入院中、職業家政婦(昭和五六年一月二一日から同年四月三日までと、同月一四日から同月三〇日まで)及び被害者の夫(右期間を除く入院期間中)が付添い、右職業家政婦に四九万二、〇三〇円が支払われたことが認められ、原告行司喜造本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、右各証拠に比し措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
経験則によれば、被害者の夫の付添費として、一日二、八〇〇円の付添費を要したことが認められ、そうすると、夫の付添費としては、一〇三日分(但し、昭和五六年七月二日分は除く)の合計二八万八、四〇〇円となる。
以上、被害者の入院中に要した入院付添費は七八万四三〇円となる。
二 逸失利益
成立に争いのない乙第三号証、原告行司喜造本人尋問の結果によれば、被害者は本件事故当時六三歳の女性であつて、昭和五四年六月から次男夫婦と同居し、夫とともに定職をもたづに、時には家事に従事していたことがあるものの、主として孫の面倒をみていたこと、被害者の持病としては、リユウマチ、高血圧、糖尿病があつたため、居住していた団地の四階から階段を一日二、三回昇降するにすぎなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の如き、被害者の年齢、生活環境、身体的状況などを考慮すれば、被害者の労働能力を評価し、休業損害としてこれを認めるのは相当ではなく、被害者が本件事故により孫の面倒をみることができなくなつたことなどの諸事情は、慰藉料においてこれを斟酌するのが相当である。
また、死亡による逸失利益は、被害者の死亡と本件事故とに因果関係がない以上、これを認めることはできない。
三 慰藉料
被害者の傷害の部位、程度、治療の経過、親族関係、生活環境、前記第三の二で述べた事情などを総合すると、被害者の慰藉料額は一五〇万円とするのが相当である。
第四過失相殺
一 成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、乙第二ないし第四号証、被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、次の事実が認められ、被告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は右各証拠に比し措信しえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 事故現場は、南北道路と東西道路が西方で交差するT字型交差点であつて、右いずれの道路も中央線を示す表示がない。右T字型交差点の北西部には総持寺スーパーマーケツトがあり、幅員九・三メートル(車道部分は七・三メートル)の南北道路の西側には歩道が設けられており、幅員九・八メートル(車道部分は五・八メートル)の東西道路には両側に幅員二メートルの歩道が設けられているが、南北の横断歩道は設けられていない。
(二) 事故当時の本件現場には、照明がなく暗いうえ、東西道路の南側に駐車車両が続いており、特に交差点南西角に乗用車が停車していたため、見とおしが悪かつた。
(三) 被告は、加害車を運転し、南北道路を北から南へ進み、東西道路へ進入すべく時速約二〇キロメートルで右折を始めたものの、交差点南西角に停車車両があつたため、早廻りをした際、うつむきかげんでスーパーマーケツト側の歩道上から南側へ向かつて東西道路を横断してきた被害者を発見し、あわてて左へハンドルを切つたが間に合わず、自車右前角バンパーを被害車の身体に衝突させ、続いて駐車車両に衝突して停止した。
二 右事実によれば、被告には早廻り右折、前側方注意義務違反の過失があつたことが認められるものの、被害者にも、道路を横断するに際し、左から右折して進行してくる車両に注視せず、車道上を横断しようとした不注意が認められ、夜間であることなど諸事情を考え合せれば、過失相殺として被害者の損害の一割を減ずるのが相当である。
第五損害の填補
請求原因四の事実は当事者間に争いがない。また、原告行司喜造本人尋問の結果によれば、自賠責保険金として一二〇万円、被告から見舞金として一〇万円、治療費として五〇万円がそれぞれ支払われて填補されていることが認められる。
また、職業家政婦への支払として、成立に争いのない乙第六号証の一ないし九によれば、昭和五六年一月二一日より同年四月三〇日までの分(但し、同月四日より同月一三日までの期間は除く)、合計四九万二、〇三〇円が支払われたことが認められる。
そうすると、被害者の損害のうち、被告らによつて填補された金員は、合計二二九万二、〇三〇円となる。
第六原告らの請求
一 権利承継
被害者が、昭和五六年七月二日死亡したことは当事者間に争いがなく、また、原告行司喜造本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第三号証、弁論の全趣旨を総合すれば、被害者の権利承継につき、原告ら三名がそれぞれ相続分に応じ、夫であつた原告行司喜造が二分の一、その子供であつた原告宮下嘉暢、同行司哲明はそれぞれ四分の一宛相続したことが認められる。
二 原告ら固有の権利
前記第二認定の如く、本件交通事故と被害者の死亡との間には相当因果関係がなく、また、被害者の既往症、本件事故による受傷の部位、程度によれば、原告らにおいて、被害者の受傷により生命を害されたにも比肩すべき精神上の苦痛を受けたものとは認められず、従つて、原告ら固有の請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも棄却を免れない。
第七弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額などに照すと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告行司喜造につき四万円、同宮下嘉暢、同行司哲明につきそれぞれ二万円とするのが相当である。
第八結論
右によれば、原告行司喜造につき四九万五、四七六円(円未満切捨て・以下同じ)、同宮下嘉暢、同行司哲明につきそれぞれ二四万七、七三八円、およびこれらに対する本件不法行為の日である昭和五五年一二月二一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂井良和)